コミュニティの力:キューバ式ピークオイル解決法
コミュニティの力 キューバ式ピークオイル解決法
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ソビエト連邦が崩壊していった1990年前後、キューバは深刻な経済危機に見舞われた。石油の輸入が一気に1400万トンから
400万トンまで落ち込んだうえ、米国が食料や薬品などの禁輸を強化したからだ。国内総生産は34%低下し、バスは動かず、工場は停
止した。停電は毎日15−6時間、経済の急降下は飛行機ならさしずめエンジンが止まったようなもので、まさに墜落しそうだった。食料
不足のため飢饉に近い状態になったキューバ人はどうしたか? 落ち込んでいる暇などなく、あらゆる空き地に野菜を作り始めた。 それまでキューバは大規模農業を発展させていたが、燃料がなくなったからトラクターは使えない。牛馬を使って人手で耕し、化学肥料 はミミズを使った有機堆肥になった。大規模経営が不可能になったおかげで農場は小さくなり、小さな区画で色々な作物を作るから病害虫 も広がらなくなった。オーストラリアからパーマカルチャーの専門家を招き、指導員の養成も行なった。今では生物肥料を開発し、中南米 の国々に輸出している。インタビューに応じた農業指導者は言う。「技術じゃなくて人間関係だよ。みんな空き地の使い方が分かってき て、自然農園を屋上や中庭に造るんだ」。キューバ人の農業への態度は激変し、昨今は農民になることが高賃金が得られる人気の職業と なっている。 農業だけではない。都市の構成自体も変化した。燃料がないから、車は動かない。乗り合いバスを朝晩3時間まって通勤するのは不可能 なので、中国から120万台の自転車を購入し、それで通勤できる範囲に職場や学校、病院などの共同設備を建設した。それまでは自転車 に乗らない文化だったのだから、たいへんな転換である。こうしたインフラの改変のおかげで、食料は低予算で生産できるようになり、都 市部に1000以上の直売所もできた。また、2000以上ある地域の小学校では小まめにソーラー発電をし、なるだけ送電線に頼らない ようにしている。その他の政策でユニークなものとしては、キューバ国内での需要を上回る数の医者を育成し、世界中の新興国に送ってい る。そうして、ベネズエラからは見返りに石油を輸入する。 キューバの人は言う。「自然が何百万年もかけて蓄積したオイルを人はたった一世紀で燃やし尽くす。まったく馬鹿げているよ」。「輸 入オイルに依存している国々は、代替エネルギーについて全然考えていなくて、せいぜい来週の事を考えるぐらいだろ?」。そして、太陽 が何百万年もの間、地球上の生命を維持してきたのに、我々がエネルギーの使い方を変えてしまった事がいけないと指摘、「問題はエネル ギーじゃなくて、僕らの社会なんだ。無数の解決策があるから、小さな問題をひとつひとつ解決すれば、暮らしは良くなるよ」 |